渓流は季節の移ろいを目で感じられるフィールド。山を彩る花々は我々の心を癒してくれるだけでなく、春の訪れと川の目覚めも知らせてくれる。梅が咲く頃には早い地域ではシーズンが開幕し、ヤマブキが可憐な花を咲かせる時期になると渓が一気に賑やかになる。そしてサツキの花が咲く頃になると、いよいよ本流釣りの季節の到来である。

 薄紅色のサツキに誘われ、初夏の山梨県に訪れたのは井上聡さん。初春は渓流域での釣りが多いが、この時期からは本流で竿を出す機会が増えてくる。

「釣友から尺オーバーの良型が釣れたとの情報が入りましてね。山梨の本流は久々なのですが、ぜひとも幅広の本流らしいアマゴを釣りたいですね」

 井上さんが向かったのは、甲府盆地を南流する釜無川。南アルプス北部に源を発し、大小の支流から流れを集めて笛吹川と合流したのち、富士川と名を変えて駿河湾に注ぐ河川である。古くは駿河と甲斐をつなぐ水運の要路として人々の暮らしを支えてきた。

「本流域で釣れるのは、ほぼアマゴですね。僕が知る限りでは居着きの個体は少なくて、水量などの諸条件によって、一定のエリア内を行き来している魚が多い印象です。海までは降りなくても、富士川あたりまでは下って差し上がってくる個体もいるんじゃないかな」

 まずは開国橋上流の一本瀬にエントリーする。ここで井上さんの表情が曇った。水に濁りが入っているのである。

 もともと釜無川はやや水が濁り気味の川ではあるそうなのだが、この日はやや濁りが強い。膝下まで立ち込むとウエーダーのつま先が見えなくなるほど。釣りになるかどうかギリギリの濁りである。水量も平水より多い。

 直前に雨が降ったわけではない。5月という時期柄、雪代はとうに収まっている。

「どこかの支流から流れ込んだ濁りかもしれませんね。まぁやってみましょう」

サツキが咲く頃に開幕する釜無川の本流。狙いは丸々と太った尺上アマゴだ。

サツキが咲く頃に開幕する釜無川の本流。狙いは丸々と太った尺上アマゴだ。

渓流釣りのマルチアングラー・井上聡さん。初夏からは本流での釣りがメインとなる。

渓流釣りのマルチアングラー・井上聡さん。初夏からは本流での釣りがメインとなる。

甲府盆地を南流する釜無川。この日は高水で濁りが強く、お世辞にもよいコンディションとはいえなかった。

甲府盆地を南流する釜無川。この日は高水で濁りが強く、お世辞にもよいコンディションとはいえなかった。

 釜無川の本流アマゴ用として井上さんが持参したのは、テストも最終段階に入った『スーパーゲームベイシスH85-90Z』である。

「Hクラスは25〜40cm級のヤマメ、アマゴを狙うために開発したアイテムで、釜無川の本流にはピッタリです。非回転式の超感トップが採用されて感度がかなりアップしています。調子的には前モデルより3〜5番節のパワーをやや上げていて、アワセに対するレスポンスや寄せのパワーが向上しています。9mという長めの竿ながら振り調子はシャンとしていて、ちょっとくらいの風なら苦にならないですね」

 仕掛けはフロロカーボン0.8号の通しで、手尻はプラス50cmという本流の王道スタイル。ハリは太軸の本流ヤマメバリ8号。釜無川は全体的に浅いため、オモリはB〜4Bをハリから20〜30cmと普段よりやや近めに打った。

「釜無川という名のとおり、釜(=淵)が少なく比較的フラットな川です。川底は小砂利が多く底流れが速いので、やや大きめのオモリを打って、しっかりエサを底付近で安定させるようにします」

 北に八ヶ岳、西に南アルプスがそびえ、南には富士山が顔を覗かせる。スカッと頭上が開けた川で長竿を振るのは実に爽快だ。しかし、晴れやかな心とは裏腹にアタリは遠い。ポイントを絞ろうにも濁りで底石が見えない。お手上げである。

南アルプスをバックに竿を振る。四方を山に囲まれた甲府盆地は、実に風光明媚な場所である。

南アルプスをバックに竿を振る。四方を山に囲まれた甲府盆地は、実に風光明媚な場所である。

『スーパーゲームベイシス』には非回転式超感トップを採用。感度にさらなる磨きが掛かった。

スーパーゲームベイシス』には非回転式超感トップを採用。感度にさらなる磨きが掛かった。

ハリは大型ヤマメ・アマゴ用の軸太タイプを使用。防水仕様のスタッフケースに収納しておくと錆びにくい。

ハリは大型ヤマメ・アマゴ用の軸太タイプを使用。防水仕様のスタッフケースに収納しておくと錆びにくい。

底流れが速い釜無川。オモリはB〜4Bとやや重めのものをローテーションした。

底流れが速い釜無川。オモリはB〜4Bとやや重めのものをローテーションした。

エサはミミズをメインに、サブとしてブドウムシを用意。現場で採取したクロカワムシも使用した。

エサはミミズをメインに、サブとしてブドウムシを用意。現場で採取したクロカワムシも使用した。

 直近に釣友が尺上を仕留めたという一本瀬であったが、瀬の開きまで探ったもののアタリはなかった。

「これだけ探ればアタリくらいはあるはず。魚が動いたのかもしれませんね」

 ここは潔くポイントを見切り、移動することにした。しかし、淵の少ない河川はポイントの見立てが難しい。深みが少ないということは、魚が休む場所が少ないということ。めぼしき場所をいくつか転戦するも、アタリらしいアタリはなかった。ひとつ好材料あるとするならば、夕暮れが近づいてやや水量が落ち、濁りが引いてきたことくらいである。

 井上さんが動いた。

「釣友が釣ったときから状況がガラッと変わっているんですよね。これまでは直近の情報をもとに動いていましたが、いったん頭をリセットしてみます。一箇所、心当たりがあるんですよ」

 ここから下流へ大移動である。井上さんが竿を伸ばしたのは大きな堰の下。ここまでくると濁りはかなり薄まっており、水深も腰上程度と深い。

 流れ込みの脇にできた反転流にエサを打ち込み、ゆったりと流していたところで目印が沈んだ。コンパクトにアワセを入れると魚が一気に下流へ走った。魚の先手を取るべく井上さんも走る。大きそうだ。

額の一本瀬もごらんのような濁り。アマゴからの魚信もなく、潔く移動することにした。

額の一本瀬もごらんのような濁り。アマゴからの魚信もなく、潔く移動することにした。

ポイントが大きい本流域では移動距離も長くなる。アマゴは足で釣れ。歩いた者だけが許される出逢いがある。

ポイントが大きい本流域では移動距離も長くなる。アマゴは足で釣れ。歩いた者だけが許される出逢いがある。

重めのオモリで強い底流れにエサを入れる。夕暮れが近づいたところで水量と濁りが落ち着いてきた。

重めのオモリで強い底流れにエサを入れる。夕暮れが近づいたところで水量と濁りが落ち着いてきた。

大きく移動した先で待望のアタリがきた。井上さんが走る。なかなかの型のようである。

大きく移動した先で待望のアタリがきた。井上さんが走る。なかなかの型のようである。

 ボサが切れるあたりまで足場を移動したところで一気に竿を絞り込む。流芯の手前で魚の走りが止まる。勝負あった。

 玉網へ滑り込ませたのは30cm台半ばはある立派な本流アマゴ。尻尾に差したオレンジが実に鮮やかだ。ヒレも切れておらず、苦労の末に仕留めたご褒美としては、これ以上ない美形である。

「こんな所にいましたね。事前の情報収集は大切ですが、釣れないときは自分の頭で考えることも重要ですよね。直感を信じてよかった(笑)」

 うっすらとパーマークが残るアマゴをそっとリリースし、初日の釣りは終了となった。翌日も釜無川を攻め、さらなる良型を狙う予定である。

(次回へ続く)

ボサが切れるところまで下って一気に竿を絞り上げる。流芯の手前で魚の走りを止めた。フィニッシュまであと少し。

ボサが切れるところまで下って一気に竿を絞り上げる。流芯の手前で魚の走りを止めた。フィニッシュまであと少し。

27cmの玉枠から大きくはみ出る魚体。これぞ本流アマゴである。直感を信じた結果の1尾だ。

27cmの玉枠から大きくはみ出る魚体。これぞ本流アマゴである。直感を信じた結果の1尾だ。

精悍さと可憐さが共存する釜無川の本流アマゴ。ヒレピンの綺麗な個体だった。

精悍さと可憐さが共存する釜無川の本流アマゴ。ヒレピンの綺麗な個体だった。

一期一会の感動を与えてくれたアマゴをそっとリリース。翌日はさらなる大物を求めて釜無川を攻める。

一期一会の感動を与えてくれたアマゴをそっとリリース。翌日はさらなる大物を求めて釜無川を攻める。